以前の代表的研究

磁気光学3次元ディスプレイ:広い視野角、特別なメガネが不要

近年、テレビや映画、医療などのさまざまな分野で3次元表示技術の活用が進んでおり、その中でもホログラフィーは、現実感のある立体映像を実現する技術として注目されています。ホログラフィック技術では、光の干渉と回折を用いて、物体から出る光の波面そのものを再現することで、物体がそこに存在するかのように立体像を表示できます。さらに、特別なメガネなどを必要とせず、目の疲労も少ないという利点があります。

立体映像に高い臨場感を持たせるには、広い視野角が重要です。532nmのグリーンレーザーを使用する場合、30度の視野角を得るためにはピクセルピッチが約1µmである必要がありますが、現時点ではこのような小さなピッチを持つ空間光変調器は存在しません。

この課題を解決するため、DMDとマイクロレンズアレイ(MLA)を組み合わせた新しい方式で、実質的に1µmほどのピクセルピッチを再現可能な磁気光学式ホログラフィックディスプレイを開発しました。記録するホログラムの情報は、計算機ホログラム(CHG:Computer-Generated Holography)の手法により作成します。図1(a)に示すように、DMD(デジタルミラーデバイス)からのピクセル毎の情報をマイクロレンズアレイで縮小し、磁気記録媒体上に並べることで、広い面積のホログラムを作製します。これにより、従来よりも大きな表示サイズと視野角を持つ3次元表示が可能になりました。図2には、左右から角度を振って観察した時の3次元の立方体の像です。左右の合計で最大27°の視野角が得られました。

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Sena Yamagishi, Yasutoshi Ito, Yuta Yamamoto, Yota Kimura, Hiroyuki Takagi, Shinichiro Mito, Hideyoshi Horimai, Mitsuteru Inoue, Hironaga Uchida, “Magneto-optical holographic 3D display with wide viewing angle using microlens array and digital mirror device”, Japanese Journal of Applied Physics 62, SB1016-1-6 (2022)

プラズモニック磁気光学構造体によるファラデー効果の増大

ビスマス置換イットリウム鉄ガーネット(Bi:YIG)は,可視光・赤外領域で透明性を持つ磁性材料です。空間光変調器のようなデバイスにも利用されていますが、十分に大きなファラデー回転角を得るためには厚い膜が必要になります。そのため局在型表面プラズモン共鳴(LSPR)を利用して磁気光学応答を増強させる研究を行いました。

ここでは、5nmの金(Au)薄膜を1000℃で加熱することで粒子を形成しますが、成膜と加熱を繰り返すことで、粒子の密度とサイズの分布を変える方法を用いました。

局在表面プラズモン共鳴(LSPR)によって光の吸収が起こりますが、その波長付近においてファラデー回転角の著しい増強が観測されました。図に示すように、6回の繰り返し形成を行った試料では、-1.2度という大きなファラデー回転が得られ、これは単一のBi:YIG薄膜の約20倍に相当します。

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Y. Mizutani, H. Uchida, Y. Masuda, A. V. Baryshev, M. Inoue, ”Magneto-optical plasmonic Bi:YIG composite films with Ag and Au-Ag alloy particles”, Journal of the Magnetic Society of Japan 33(6-2) 481-484 (2009)

H Uchida, Y Mizutani, Y Nakai, A A Fedyanin, M Inoue, ”Garnet composite films with Au particles fabricated by repetitive formation for enhancement of Faraday effect”, Journal of Physics D – Applied Physics 44 (6) 64014-1-7 (2011)

トンネル効果を利用したプラズモニックデバイス

Si基板上に金(Au)ナノ粒子を形成し、その上に電極を置いた平面型のトンネリングデバイスを作製しました(図1)。このデバイスでは、2つの電極の間に配置されたAuナノ粒子を通してトンネル電流が流れます。そこにレーザー光を照射すると、トンネル電流に変化が現れることがわかりました。特に、偏光方向が電極方向(すなわち電流の流れる方向)と平行な場合に、より大きな電流変化が観測されました。

さらに、波長532 nmのレーザー光(緑色光)を照射した場合、波長633 nm(赤色光)よりも大きな電流変化も確認されました。これは、532 nmが金ナノ粒子の表面プラズモン共鳴波長に近いことが関係していると考えられます。

麓宏志, 内田裕久, 金周映, A. Baryshev, 井上光輝, “プレーナ型トンネルデバイスの作製と電気および光学特性の評価”, マグネティックス研究会資料 MAG-07-72(71) 5-9 (2007)

Hironaga Uchida, Hiroshi Fumoto, Alexander Baryshev, Jooyoung Kim, Mitsuteru Inoue, “Optical and electrical properties of tunnel junctions with Au nanoparticles utilizing localized surface plasmon resonance”, IEEJ Transactions on Electrical and Electronic Engineering 3 (6) 660-663 (2008)

走査プローブ顕微鏡の開発

企業と共同で3種類の走査プローブ顕微鏡(SPM)を開発しました.SPMは、非常に細い探針(プローブ)を試料表面に近づけて、電子や原子間力などの微細な物理的な信号を検出し、表面の構造や光の情報を高分解能で観察する顕微鏡です(図1)。


走査トンネル顕微鏡(STM)
 トンネル効果によって流れる極微小な電流を検出し、表面構造を観察することができます。図2に示すように小型の装置で、炭素原子からなるグラファイトなどの原子を見ることができます。

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内田裕久, 鈴木康哲, “簡易型表面解析装置の開発”, 豊橋技術科学大学 研究基盤センター年報 56-59 (2005)

原子間力顕微鏡(AFM)/ 磁気力顕微鏡(MFM)
カンチレバーと呼ばれる小さなテコの先にある探針が、試料との間に働く原子間力を検出し、表面の形を観察することができます(図3)。探針に磁性体を使うことによって、磁性体試料の磁区の構造を観察することができます。

近接場光学顕微鏡(SNOM)
ここで開発した装置は、先が鋭い光ファイバーの先に微小な穴が開いたプローブを使用します。その微小な穴を通る光(近接場光)を利用し、表面の構造とともに、光の情報を測定します。(図4)。

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内田裕久, 佐竹義彦, 片山博司, 坂上辰夫, 鈴木康哲, 松浦真樹, 堀内博之, 井上光輝, “サブマイクロメータ領域の構造と光情報を測定するための近接場光学顕微鏡の開発と評価”, 電気学会マグネティックス研究会資料 MAG-11-043(31) 53-57 (2011)

内田裕久, “3.4近接場光学顕微鏡”, 電気学会技術報告書, ナノスケール磁性材料の新機能性の評価と応用調査専門委員会編, 34-37 (2014)

Si表面における止まっているSi吸着子と動いているSi吸着子

STM(走査トンネル顕微鏡)を用いて、Si(111)7×7表面へのシリコン(Si)原子の引抜、移動、付与操作の実験を行ってきました。

これまでの我々の研究では、Si原子が特定の場所に止まっている吸着子(図1)が観察されていましたが、新たに、STM像上でノイズのような形で観測される「動いている」吸着子(図2)があることを確認しました。短時間で位置を変えるため、走査が遅いSTM探針では、短時間でしかとらえることができないため、ノイズのように見えます。

分子軌道法による理論計算を行った結果、Si原子の安定な吸着位置や、拡散に必要なエネルギー障壁を明らかにしました。単一のSi原子では、拡散障壁は1 eV以下と小さく、比較的自由に移動できることが示されました。一方で、2つのSi原子が結合した状態では、拡散障壁が1 eV以上に大きくなり、容易には移動できないことがわかりました。この結果から、「止まっているSi吸着子」は2つのSi原子から構成され、「動いているSi吸着子」は、単一のSi原子であると考えられます。

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Hironaga Uchida, Satoshi Watanabe, Hiromi, Kuramochi, Jooyoung Kim, Kazuhiro Nishimura, Mitsuteru Inoue, Masakazu Aono, “Adsorbed Si on the Si(111)-(7×7) surface studied by scanning tunneling microscopic and molecular-orbital approaches: Stationary and diffusing Si adsorbates”, Physical Review B 66, 16136 (2002)

H. Uchida, S. Watanabe, H. Kuramochi, M. Kishida, J. Kim, K. Nishimura, M. Inoue, M. Aono, “Difference between staying and diffusing Si adsorbates on the Si(111)7×7 surface”, Surface Science 532 (535), 737-745 (2003)

Si表面におけるSi原子の操作、結合エネルギーの差

走査トンネル顕微鏡(STM)では、金属の探針を試料表面に接近させて、流れるトンネル電流を使って原子を観察することができます。右図はSi(111)7×7再構成表面です。この表面において、三角形の半単位胞の端にあるのがコーナーアドアトム、内側にあるSi原子はセンターアドアトムと呼ばれます。試料表面と探針の間に電圧パルスを加えることによって、原子を引き抜くことができますが、センターアドアトムの方が引き抜かれやすく、この確率の比は1.6 : 1になりました。この結果から結合エネルギーの差が0.01eVであると見積もることができました。

H. Uchida, D. Huang, F. Grey, M. Aono, “Site-Specific Measurement of Adatom Binding-Energy Differences by Atom Extraction with the STM”, Physical Review Letters 70 (13), 2040-2043 (1993)